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たすきがけ

絵描いて 芝居つくって ・・・日々のヨロコビ

2010-07

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無言館

SBSH1706a.jpg SBSH1710a.jpg SBSH1714a.jpg

行ってきました。上田。無言館に。
本館はすでに知っている感じがしました。
本や写真やテレビでも見ていたし、
作品は移動展で見た記憶があるものが多かったからです。
入営してからの家族への手紙・絵葉書・スケッチ、
南方での風景や現地の人、部隊の仲間を描いたものや
写真や絵の道具など遺品も展示されています。

とにかく今回は 新館が衝撃的でした。
入った瞬間に動けなくなってしまいました。
天井一面にすごい数の素描や下図がびっちり張ってあり
それが束になって覆ってくるような重さ。
よく見ると、一枚一枚は未完だったり稚拙だったりもするんですが
あの量が一度に来るのは強烈でした。
慣れるまでに少し時間がかかりました。

石膏デッサンとか、私たちと同じです。
私も描いた像ばかりです。
同じ時期に同じように一生懸命勉強していた人たち。

彼らはきっと 戦争とは関係なく
一枚の作品として 飾られることを夢見ていただろうと思います。
もっと他に見せたい作品があったかもしれないし
不本意だらけに違いないだろうと。
志半ばで散ってしまったこともそうだけれども
作家ならではの悔しいことも きっとあるに違いないと思いました。


だとしても
こうして ここに生きた証を遺し 人に見られることは
他にももっともっといたであろう戦没画学生の中でも幸運なのかもしれません。
ご遺族が戦禍から守り、その後も今に至るまで
震災や転居などの焼失・消失の危機を免れてきた一枚なのです。

彼らが家族を愛し、愛され、
たいせつにされてきたことが目に見えるものとしてそこにある。
同じ気持ちで応召した人たち、同じ気持ちで祈った人たち、
そのごく一部の証拠として見るのももちろんひとつだし
それでも描きたいという画家の想いを感じるのもひとつだし・・・
それは見る側のもの。

ただ、絵の力というのはすごいなと思いました。
未完であることすら 訴える。


いろいろな考え方 感じ方があると思うけれど
私は行ってよかったと思います。

ひとつひとつ ちゃんとしなきゃ
もっと1枚を大事に描かなきゃと思いました。
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ちゃんとやってる!!

SBSH1795aa.jpg


今日はZAPPAのワークショップを見てきました。

4日間のうちの初日の今日は 殺陣。
技術よりも 芝居 気迫 がZAPPA的には重要です。
もちろん 怪我しないようにすることは大前提。

すごく面白かった。
あっという間の3時間でした。



指導するうちの看板・南・・・・。
すごいと思いました。

教科(?)としてはぜんぜん違うものの
私も講師だった経験上
教えること 伝えること 相手の力を引き出すこと
どんなに難しいかわかります。
高い視点 深い懐 熱くても冷静に
なにより その人のこと 全体のこと
いろいろ一度に考えて判断しないといけない。
一貫した方針や目標や価値観というものがなければ
相手を不安にさせてしまうし。


・・・・ちゃんとやってるよ~~~
ぜんぜん残念な南さんじゃないよ。
指導者として とてもいい。
正直 感動しました。
これまでも 指導や演出姿はちょこちょこ見てたはずなのになあ。
ああ、身内バカでごめんなさい。



今までで一番尊敬してる!って言ったら
何年経ってんだか(笑)って言われましたw

知り合って10年以上経ってて
長いことモデルやってくれてて
けっこう知ってる方だと思ってたんだけどw
まだまだなんだなあ。
人は多面体。
そして成長するもの。


私も成長し続けなければっ。

ちょいと

ちょいと
無言館に行ってまいります。

実はまだ行ったことがないのですよ。
無言館は97年夏に開館。
当時私は結婚していて名古屋にいました。
98年に中津川で移動展があって、それを観に行ったのです。

毛利先生も大学も関係なく
移動展を知ったのは、夫からでした。
夫の会社に 戦没画学生のご遺族がいらして
作品が展示されるとのこと。
私が絵描きだからと、お誘い頂いたのです。
展覧会場でも案内してくださって、関連書籍も数冊頂きました。

後で頂いた本をめくって初めて
毛利先生も関わっていて、話を聞いていた同級生の作品も
無言館にあるのだと知りました。


移動展は公民館のようなところでしたので
いつかは無言館に行かなくては、と思っていました。


・・・・あれからもう12年;


今の私は何を思うでしょうか。

記憶にございません

SBSH1691a.jpg

このところずっと少しずつ 今までの作品の写真とか整理してました。
展覧会のたびに きちんとしてればこんなに広げなくても済んだんだろうに;

驚いたことに
これだけ続けてると
記憶にない作品が出ちゃうものなんですね・・・(汗)
すっかり存在を忘れてたり、他の作品と混ざって記憶してたり
とてもいいかげんです。
記憶には頼れない!
記録しないとだめだ~!!

しかも
150号を忘れていたんですよ。
自分の今のアトリエの壁にべた付けしてある150号。
毎日 目に入って(裏だけど)いるのに。
もっと古い違う作品だと勝手に思っていました。
しばらく個展してなかったから、発表する機会がないまま眠っています・・・・。
じゃんがらです。
じゃんがらは特に、同じタイトルも多いから わけわかんなくなっちゃう。

それから
写真ちゃんと撮ってないとか けっこうあったりして。
うーむ。


最近暗い日記ばっかりなのは
そんなんで振り返ってるからなんでしょうか。
いやいや 大事。
今までいいかげんにしてきたから
ここらできちっと整理しておかないとね。


けっこう作品の流れとか傾向みたいなものが見えてきて
昔から私はこういうの描いてたんだな、とか
納得できないから今だに描こうとしたりするんだな、とか
そんなことを思ったりしますね。




もし あと1枚だけだとしたら
もし あと1枚しか描くことを許されないとしたら

私は何を描くのだろう

・・・・とかね。



考えてないで描けよ!! っていう;

新幹線

SBSH1694a.jpg

先日、チケットを頂いて 舞台を観に行ってきました。
楽しい舞台だったのだけれど
後半 古傷が疼きましたw


反省・・・っていうか、
今一度 気をつけなくちゃと思いました。

私は10年前に牙をなくしたけれど
まだ爪が残ってる。
爪は捨てなくてもいいから 隠さなきゃ。



きっと10年以上前からの知り合いと
ここ数年の知り合いとでは
私の人物像はまるで違うと思います。
本質は変わらないんだろうけど
気が強いのも変えられないだろうけど
それでも今は だいぶ話さなくなりました。
言葉を発するのが怖くて 思ったことを言わないままにすることが増えたというか。
言い方を考えたりしてる間に タイミングを逃すこともあります。


でも・・・・
黙ってることで なめられる機会も増えたように感じるこの頃。
毒舌すどうに回帰することも必要なんかな~



・・・・有楽町で新幹線を見上げながら思うのでした。




十分今でも毒舌だと言われたりしてなwww

鳥居がない;

SBSH1686a.jpg SBSH1690a.jpg

毎年恒例になった 高校の同級生のお宅集合。
絵が好きだった彼女に 個展の報告をしてきました。
おばさんはとてもお元気そうで よく笑っていました。

梅雨明け。
あれからもう6年。
来年もなにかしら彼女の写真の前に置いてこれるよう
形になることをしよう。


びっくりしたことに
東松山にあの大鳥居がなくなっていて
駅舎が新しくなってて
思わず写真撮っちゃった;

夢に

昨日、久しぶりに母の夢を見ました。
ずいぶん若かった。
たぶん20年位前の姿かもしれない。
おしゃれしておでかけする時の母でした。
なぜか昔の家で。
夢に出てくるのって、どういうわけか必ず昔の家なんですよね。
私と妹だけで、父はいませんでした。
「お父さんが ”お父さんだけ夢に出てきてくれない”って言ってたよ」
って言ったら
「だって呼んでくれないんだもの」
って母もすねていました。

どんな話をしたか覚えてないんですが
何回か私は「ごめんね」と言っていました。
そのたび母は「ううん、いいのよ」って言いました。
そしてちゃんと玄関から帰っていきました。
妹と、もっと聞きたいこととかあったのにね、
今度までにメモしておかないとね、って話しました。

・・・・っていう夢。
目が覚めてからわんわん泣きました。
母が夢に出てきてくれたのか 私が勝手に見た夢なのか
そんな判断もできない。

なんだったんだろう。
自分の子供時代を思い出してたからかなあ?

東京がお盆だったから?;;

VFSH7861a.jpg

おそらく自家中毒バリバリだったころのアタシ。
昔の家の庭で。

自家中毒

SBSH1667a.jpg


実は体調が良くなくて、やっと復活しました。

ちょっと気持ちを落ちたままにしとくと 簡単に免疫力が低下しちゃうようで。
左耳の前と下に丸くぽっこり瘤ができて 触ると痛くて
頬がひりひりしたり、左目だけ涙が出たりしてました。
そしてとうとうだるくて起き上がれなくなり;
でもちゃんと病院行きましたよ。

もう大丈夫
元気になったんですけど
お休みしてる間に いろいろ思い出しました。


私は、遠足の前とか旅行の道中とか
高熱出したり吐いたりして大変なことになるこどもでした。
田舎に行くときは毎回 特急(まだ東北新幹線がなかった)の中で吐いてました。
毎度のことなので、母の実家では私用に布団が敷いてあり
到着してからしばらく、長いときは数日寝込んだりしてました。
口の中いっぱいに口内炎ができて 病院で塗られた薬の紫色とか
車内でとっさに吐瀉物を受け止めた母のワンピースの花柄とか
今でも鮮明に覚えています。
いつも申し訳ない気持ちと情けない気持ちでいっぱいでした。
父は「自家中毒だわ」と言い 母は「困ったわねぇ」と言いました。

行きたくないわけではないのに そうなっちゃうんです。
小学校入ったくらいでならなくなったように記憶してます。

とはいえ自家中毒、検索したら こども(2~10歳くらい)の病気だけど大人にもあるらしい。
・・・・。


今の私より若かった当時の両親
大変だったろうなあと思うわけです。
それでもよく毎年帰省してたなあ。
それ以外に旅行にも連れてってくれてたなあ。
お金もかかったろうしなあ。



今回 寝込んでると知って
父がご飯をつくって持ってきてくれました。
ぜんぜん消化に良くないものだったけどw
一食分だけだったけどw
私が生まれる前、寝込んだ母に「ご飯の心配しなくていいよ」と言って(←本人優しいつもり)
自分だけ外で食べて(手ぶらで)帰ってきたというあの父が(笑)
進歩だw




ZAPPA会議にも復活して、今日日々是アップしました。
毎年 麻美さんの誕生祝って アタシあたふたしてるような・・・;
http://blog.livedoor.jp/zappa_zappa/

鳥刺し

・・・・っていっても酒の肴じゃないですよ。


「必死剣鳥刺し」という映画の前売券が欲しい~!!
んだけど、もう10日公開だから間に合わない;
時間の調整がつかなくて 買いにいけなかった!!

藤沢周平だから気になるのもあるけど
なぜ前売券が欲しいかというと・・・



グッズ。

ちゃんとグッズがある前売券の窓口を調べていたのに~

アホでしょ
必死剣耳掻き。
欲しいw


http://www.torisashi.com/



うちの座長もこういうの好きだろうなあ・・・・;



会場写真

SBSH16721.jpg
小さく一段落したので 個展の会場写真をアップしました。

作品写真はも少し待ってね;

須藤彰子ギャラリー  ←「展覧会」のところ

って言っても、1ヵ月半も前の話じゃないか~!!

そして
HP開設9年が過ぎていました・・・・いつのまにか。
ありがとうございます。

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すーびょん

Author:すーびょん







日本画描いてます
『須藤彰子ギャラリー』↓




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